近年、AI(人工知能)は私たちの生活に急速に浸透し、かつてSFの中だけだったような世界が現実のものとなりつつあります。文章や画像、音楽を作り、複雑な分析を一瞬でこなし、私たちの生活を格段に便利にしてくれる技術。
しかし、その進化のスピードと影響力に対して、多くの一流AI専門家や起業家たちが、本気の警鐘を鳴らしています。
「これは人類を危機に陥れるテクノロジーかもしれない」
この言葉は、批判者ではなく、AIを開発する企業のトップや研究の第一人者から発せられているのです。
AI分野の世界的著名人である
- ヨシュア・ベンジオ
- ジェフリー・ヒントン
- サム・アルトマン
- イーロン・マスク
- ムスタファ・スレイマン
たちは、AIが人類の存続に関わる深刻なリスクをもたらし得ると公的に警告しています。
2023年に行われた大規模調査(AI研究者2,778人を対象)では、高度なAIが人類の絶滅に匹敵するほどの悪い結果をもたらす確率を「10%以上」と見積もった回答者が38〜51%に達しました。さらに2024年には、ベンジオやヒントンらの共著によるサイエンス論文にて、AIの無制御な進歩が大規模な人命や生物圏の喪失、人類の疎外、さらには絶滅に至り得ると明言されています。
これは、他の産業ではほぼ考えられない結果です。通常、企業のトップは自らの事業を正当化します。しかしAI分野においては、開発を担う当事者自身がその危険性を認め、公に発言しています。それほどまでに、AIは特異で危険性を帯びた技術なのでしょう。
著名な歴史家であるユヴァル・ノア・ハラリ氏は「AIは道具ではなく、意思決定する主体になり得る」と述べています。彼はすでにその段階に達していると考え、将来、全体主義的なAIネットワークが世界を支配する可能性を危惧しています。そして「私たちは、自分たちが何を作っているのかを理解しないまま進んでいる」と指摘します。
民主主義の不安要素の一つとして、ポピュリズム(大衆主義)への傾倒が挙げられます。
ポピュリズムは、社会を「善良な市民」と「特権的なエリート層」という単純な二項対立で捉え、情報を真実探求のためではなく、しばしば「敵を倒すための武器」として利用します。
国民世論の圧力によって短期的な多数派の利益が優先され、長期的な国益が損なわれる場合があり、やがて国全体が貧しくなり、最終的には他国に主導権を握られるおそれがあります。これは、目先の甘い果実を取りに行って、木そのものを枯らしてしまうようなものです。
科学的かつ客観的な事実は軽視され、社会の分断も深まります。AIは、この分断をかつてない規模で加速させる潜在力を持っています。
個人の心理に合わせた偽情報やプロパガンダを自動生成し、大規模に拡散されると、社会の不信や分断は一層深刻化してしまいます。ただ一方で、AIには複雑な情報を整理して多様な視点を提供し、異なる背景を持つ人々の間に共通理解を築く可能性もあります。
AIは、分断の火種にも協調の触媒にもなり得る、両刃の剣と言えるでしょう。
ここで大切なのは「便利になること」と「社会が安定すること」が必ずしも一致しないということです。むしろAI時代では、両者がトレードオフの関係になる可能性があります。
個人の視点では、AIにより生活は劇的に便利になります。趣味や健康状態に合わせたパーソナライズ、事務作業や運転・家事の自動化、創作活動の支援など、さまざまな恩恵が得られることでしょう。
社会全体の視点では、その便利さが新たな不安定要因を生み出します。雇用の転換による失業や格差拡大、フェイクニュースや偽動画による「真実」の崩壊、AIによる意思決定のブラックボックス化、そして感情を煽る情報拡散によるポピュリズムの加速。これらは社会の根幹を揺るがす要素になり得ます。
自動車の発明が便利さと同時に交通事故や環境問題を生み、免許制度や交通ルール、環境規制といった新たな仕組みを必要としたように、AIもまた社会の「OS」そのものをアップデートする取り組みが必要とされるでしょう。
AIは確実に私たちの生活を便利にしますが、その便利さは同時に、社会の安定を脅かす可能性を秘めています。これからの時代、私たちは「どれだけ便利になるか」だけではなく「その便利さにどう責任を持つか」ということも考えなくてはいけないのでしょう。AIの未来は、人間の選択によって危機にも希望にもなり得る。それが今、私たちが直面している現実なのだと思います。