吉本芸人の「もう中学生」さん、雰囲気が優しくて個人的に結構好きなタレントさんの1人なんですけど
うえちゃんに会えました!!
— もう中学生 (@mouchumaruta) January 4, 2022
今日は少し、パトカー感も漂っていました◎ pic.twitter.com/EfMAP16nwM
なにやら週刊文春によると、もう中学生さんが自身のネタで使用している小道具に関して、その小道具の製作者である方と、双方ともに弁護士を立てるほどのトラブルになっているそうですね。
記事に書かれているトラブルの内容を簡単にまとめると
- もう中さんは、過去に小道具の製作を後輩芸人に格安で依頼しており、そのことは世間に明かすつもりはなかった。
- もう中さんが売れたことにより、小道具の製作者は「不利益が生じるようになったので私の制作物には私の名前をクレジット表記してほしい」と、もう中さんに頼む。
- もう中「NO!」
内容の詳細は、ヤフーニュースの記事をご覧ください。

このトラブルの原因は、制作物の権利の所在を明確に取り決めていなかったところにあるわけですが、この一件から金銭のやり取りが発生するビジネスにおいて、小さなことでも契約書を交わすというのはとても大切なことだと改めて思いました。
それはなにより、お互いの良好な関係をこれからも維持していくためです。相手が信用に足る、大切な存在であればあるほど必要なことです。
きちんとした契約書を作成するのであれば、制作物の権利やクレジットをどうするか、という問題は考えざるを得ません。法律上、口約束でも契約は成立しますが、契約を口頭で終えてしまうと、注文者と請負人との間で解釈違いが起きたまま仕事が始まってしまうことがあり、今回のように揉めた場合、面倒なことになってしまいます。
さらに人は良くも悪くも、年月や状況とともに変化するものです。心変わりだって当然します。そしてそれは、お金が絡むとなおさらです。
簡素的かつ形式的なものが一般化している日本の契約書とは違って、訴訟大国アメリカの契約書では、あらゆる場面を想定して細かく規定するそうです。
日本人は、昔から他者との和を重んじてきた文化的な背景があり、この日本人の気質が現代の契約書に対する考え方にも表れているのではないでしょうか。
個人主義的な考え方が加速する現代の日本社会ですので、相手を大切にするためにも「契約」に対する価値観をアメリカナイズしていかなければいけないときなのかもしれません。